洗濯機みたいな揺れー屋久島からトカラへー

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鹿児島の南、屋久島から船でトカラ列島へ行った。デカいフェリーが火災により使用不能になり、小型船の臨時便にて出発。俺を除いて乗客は五名しかいなかった。船は小さい。よくある漁船くらいのサイズ感。船長さんが「今日は揺れるよ〜。」と明るく忠告してくれた。ふーん。ま、船旅楽しむか〜。

ナメてた。ガチでヤバい。「揺れる」とかじゃない。浮いてる。みんなユニバを想像しよう。遊園地ならなんでもいい。ジェットコースターがあるね。てっぺんまでガタガタ登っていって、落ちるあの瞬間。ふわっと浮くあの感じが、断続的に続く。延々と。ハンパない。ナメてた。しかも、ときおりマジで船が浮いて、窓ガラスが全部海水で見えなくなることもあった。マジで沈没するかと思った。本気の船酔い。寝ようにも、座ってるケツが宙に浮くので眠れない。座って耐える。ドン!下から衝撃ハイ浮く!沈むハイ、ドン!浮く!沈むハイ!ドン!(以下、永遠)

おれは乗り物が好きだ。基本的に酔わない。数多フェリーも乗ってきたが、船酔いもない。しかし、強風時の鹿児島南部沖合の小型船舶はレベチだ。胃が「ピピクン、ピクン」と痙攣し始めた。変な生き物を腹に飼ってるみたいだ。ダメだ出る。吐く。しかし、エチケット袋を手に取る気力すら起きない。ドン!浮く!沈む!ドン!浮く!ハイ船ごと浮く!海水入ってくる!うわ〜とみんな悲鳴をあげる、の中で力を振り絞って袋をサッと掴む。ギットギトの、天下一品のスープみたいなマジモンの脂汗がタラタラと身体の奥底から、額を伝って滲み出てくる。じんわりと。しかし、何も食ってなかったのが幸いしたのか、ゲロは吐かずに住んだ。お好み焼きとか食ってなくてよかった。状況をどうにかしようと、一旦横になってみる。なりふり構っていられない。しかし、頭をシートにつけると揺れがダイレクトに伝わってくる。グエー!きもちわりー!殺してくれ!そんな気持ちになってくる。うう。本当に死ぬんじゃないかと思ってしまう。沈まないよな…?沈没、しないとはわかってるけど、もしものことを本気で考えてしまう。やだ!死にたくない!絶対ヤダ!悪い方向に考えるとより気分が最悪になってくるので、壊れたテントの修理方法を必死に考えてみる。昨日の強風で、ポールの設置面がバキッと折れた。どうやって直そうかな〜と考えているとややマシになるもののドン!ケツ浮く!ハイ着地頭部ガラスに強打!マジで動けん。エグい。やはり座ることにする。しかし、こう、本気で命の危機を感じる体験を、旅先でするのはこの半年で二回目だ。なんか、もうこういうのはいらないな…。日常の素晴らしさをしみじみと噛み締める。大事な人が、ゆらりと、壮絶な揺れの中で脳裏に浮かぶ。会いたい。普通に過ごしたい。

気がつくと気絶するように眠りに落ちていた。船は途中の島に寄港しており、「じゃあ休憩します〜。トイレ行きたい人は行っといてください!」と船長さんが呑気に言う。ふらっふらの足で、なんとかトイレに行く。同乗していた老夫婦に「可哀想に…。」と心配される。多分顔面蒼白だったのだろう。「いつもこんなに揺れるんですか?」と聞くと、「まあ波があるとこんなもん。」と涼しげな返答。いや、平気なんだ…。人間の適応能力って凄い。

しかし、出航後はなんだか慣れてきた。車のサスペンションみたく、揺れの周期に合わせて身体の位置をズラし、ある意味波に乗ることもできるようになった。いや、イケる。諦めなければどうにかなる。しかし、たまにデカい波に乗り上げて船がふわ、と浮く瞬間だけはたまらなく恐ろしい。それにしても、船ってよくできてんな…。ちゃんと転覆しないようになっている。

なんやかんや、耐えて目的地の「中之島」へ到着。荷物置き場に置いていたリュックは海水で水浸しになっていた。マジかよ。海水入ってたんかい!まあ、生きてこれたからヨシ。そして船長さん、マジありがとうございました。

荒波に揉まれる、とはまさにこのことを言うのだろうな。4/1から正社員として働くことになるわけだが、会社員人生はこれより穏やかであってくれと、ひっそり願う。

(2024/3/25)

大分県 中津の料理屋 五百円の定食

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中津の料理屋。十二時頃から約一時間滞在したものの、誰ひとり入ってこない。客は俺だけだ。今日は風が強く、列車も遅延運休が続いていたのだが、風でドアがバタバタと動く。客が来たかと思えば、ただの風の仕業だ。

定食、なんと五百円!ホワイトボードでニョロニョロと、小さく書かれた「日替わり」メニューがずらり。魚の唐揚げを注文。

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丸々一匹!?五百円!?おばあちゃんが一人だけでやっている店。テレビ台の下に雑誌が整然と並べられており、暇つぶしに読む。そして、美味い。めちゃくちゃ美味い。五百円か…。お婆ちゃんがひとり…。色々と察するものがある。俺も飲食店やってたわけだし。こんなんほぼ儲けゼロやな。

目の前にショーケースがあり、アサヒのビールの大瓶と小瓶がこちらを睨む。^_^^_^

葛藤。約十分は悩んだ。いや、昼からそんな…。こんな大分の味わいしかねえ定食屋で、昼から一人でビール?孤独のグルメでも気取っているのだろうか。いやはや…。

というわけで、小瓶を注文。これがビックリするくらい美味い!ヤバいな、ハマってしまうぞ。こう、発酵させた麦汁を飲んでいる、という感覚がメラメラと湧いてきて、身体が原初の喜びを感じている。人類が初めてアルコールを口にしたとき、おそらくこういう感慨だったのだろう。

 

お会計。俺は千円札を白髪の老婆に手渡す。半分酩酊状態で、百円玉を受けとる。酔いのせいではない。これは現実だ。定食を食いビールを飲み、百円が返ってくる。お釣りの到来。遥か彼方からの、到来。

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「大師食堂」

https://maps.app.goo.gl/1LyYGDdsaun2NdvK9?g_st=ic

(2024/03/20)

日記 3/11

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飲み会の場所を勘違いして、新宿に宿を取ってしまった。チャリを漕ぎ終えたあと、即高校の頃の同期四人で集まって飲んだ。そのうちの一人は一緒に漕いだ同志だ。他の二人と会うのは実に二年振り。しかし、つい最近会ったばかりかのような錯覚を覚える。落ち着いた時間。全てを忘れて、会話に没頭する。卒業からはや八年が経とうとしているが、みんな何も変わっていない。そして、俺の魂の居所はここにあるのだなと再確認する。不安定な思春期を過ごした空間。思想が、人格が最後に完成した異空間。ふらふらのまま、ゴミと等しい新宿という街の宿に帰る。路地では、ネズミが闊歩する。終わっている。マンションの前ではカップルが熱いキスをしている。勘弁してくれ。しかし、なぜ赤の他人のいちゃつきにはこんなに腹が立つのだろうか?

やはりこの猥雑さと喧騒は東京にしかない。大阪には存在しない。大阪は丸い。し、まだ膜みたいなものがある。でも東京は棘そのものだ。痛い。

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チェックアウトして、外に出るとカンカンに晴れている。やはり都会には晴れが似合う。

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とてもいい気分でチャリを漕ぎ、返却し、歩いてそのまま喫茶店に行く。『珈琲ショパン』という店だ。ほんのり木目調の店内に、暖かい照明が映える。ステンドグラスがぼうっと光る幻想的な空間だった。そして結構な音量でクラシック音楽がかかっている。あんまり詳しくないけど、店名にある通りショパンなのだろうか。恐らく、ご夫婦で経営されているのだろう、奥様と思しき方がメニューを置いてくれた。この重厚感よ。東京の歴史全てを背負っているかのような、その重さ。「ホットサンドは一グループ一個まで」との但し書きがあり、ということは名物なのだろうと合点し、ホットサンドとブレンドコーヒーを頼むことにした。「コーヒー」の隣にはとても濃く淹れてある旨の注意書きがある。何もかも重い。良い。この重さにアテられるために、喫茶店に来ていると言っても過言ではない。

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茶店を出る。音楽を聴きたい。天気の良い街なんて、音楽を聴いて歩くしかないのだけど、先週東京に来たときになくしてしまった。俺は何回ここに来るのだろうか。そして、何回イヤホンをなくすのだろうか。歩いて、ヤマダ電気へ行く。途中に釣り堀がある。お昼時のサラリーマンが歩く。やはり別世界だ。日本の中に存在する、別の日本。

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イヤホンコーナーに行く。それにしても、iPhoneからイヤホンジャックが消え失せたことを未だに腹立たしく思う。前はワイヤレスイヤホンだったから、今度は有線にしようと思ったのだけれど。あんな、変換用のにょろっと生えた白い塊なんてつけてられない。しかたなく、ワイヤレスコーナーへと向かう。

種類は豊富、この間三千円のものを買って後悔したので、せっかっくだし良いものを、と思って眺める。六千円くらいのものを適当に買おうとするが、思いとどまって試聴することに決めた。前買った三千円のヤツは、千葉から歩いて大阪に帰ろうとした二年前の三月に、謎のディスカウントショップで買った千円のものより音質が悪かったのだ。おそらく、六千円になったところで大差ない気がする。そして、千円のイヤホンを二年も使い倒したのだから、もう少し良いものを買ってもいいだろう。タダ同然だったなと、思う。

そして、六千円のものは音質が微妙だった。シャカシャカしすぎというか。イヤホンコーナーにはウエットティッシュがあったので、丁重に掃除をしてから耳にはめた。しかし、何もふかずに耳にはめる猛者もいる。赤の他人と耳垢を共有できるその胆力に絶望する。そういうやつが手を洗ったあと、律儀にアルコール消毒をしていたりするものだから、世の中不思議なものである。

結局、一万円以上のモデルを買った。明らかに違う。耳元でライブが始まったみたいだ。しかも、人生で初めてノイズキャンセリングを体験したのだが、衝撃だった。こんなに音楽が、雑踏の中でもクリアに聞こえるとは。世界中全て、色んな場所が俺だけのダンスステージと化す。革命だ。多分、空間の意味がまるっきり作り替えられることを革命と呼ぶのだろう。なんとなくそう思う。

ご機嫌に、俺はイヤホンを耳にはめて歩く。歩いているうちに、ふと「今日は川崎競馬の開催日だったな」と思う。というわけで川崎競馬場にいく。

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今まで園田、姫路、名古屋と行ってきたが、ここ川崎競馬場が一番デカくて綺麗だった。馬場のど真ん中では子供が遊べるキッズスペースがある。馬が走り、おっさんが叫ぶ中で子供が悠々と遊んでいるの、なんかウケる。

ひとまず名物らしき「もつ煮」を注文。暴力的な量のもつがぶちこまれている。

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俺が旅行中に競馬場を訪れているのは決してギャンブル中毒だからではない。競馬場といえども、場所によって雰囲気が全然違う。地方に行ったとき、地元民御用達の飲み屋にでもいくとその土地のありようがなんとなく感じられるように、競馬場もそうだ。「賭け」という、人間の欲望と感情が剥き出しになる空間にしかない、澱、のようなものがある。むちゃくちゃな怒号からしか味わえない土地の風というものが、やはり存在する。というわけで、その風土を感じつつ、あくまでついでにレースに賭けているという次第だ。こう、周りの人間と同じことをすることによってしか得られない、真の理解、みたいなもんだ。

 

ボケが。全部負けたわ。カス。二度とやんね。てかなんであんな苦労してチャリで東京まで行っていま川崎おんねん。神奈川県やぞ。昨日あんなに、血反吐を吐く思いで多摩川超えてゲロ吐きそうになりながら頑張ったのに。あんなに必死に東京都にくらいついたのに、なんで電車乗ってアッサリ逆行してんねん。もはやゴール川崎でよかったやんけ。てか全然当たらんやん。ボケが。

やめよう、競馬。

でも、川崎競馬場の怒号が今の所一番凄かった。次は高知あたりに行きたいな。高知の風を感じに、ね。断じてギャンブルやりに行くわけではない。

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そして、部活のOBに勧められて浅草の『駒形どぜう』へ。どじょう鍋定食を食う。四六〇〇円。高え。どじょうはぶっちゃけ風味が無い。雰囲気代って感じ。ファーストフードかよ、てくらい一瞬でどじょう鍋が出てくる。まあ体験としてはアリかな。

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話は変わるがチャリ漕いで大阪から東京まで来たとき、道中スーパー銭湯に連泊してたんだけど、その魅力にハマった。こう、独特の風情がある。説明がめんどくさいから行ってくれ。ババアが一人でやってる田舎のガチで古くい喫茶店にある趣きが存在する。こう、味があるんだ。行ってくれ。泊まれるスパ銭独特の客の喜ばせ方、もてなし方があり、ある種のテーマパークと化してるんだよな。まず風呂の種類がやたらと多い。あと古い。ゆえに大阪の水春とか、都市部のスーパー銭湯みたく綺麗にして寛がせてカネ取る、というより「オラ!でけえ風呂いっぱいだ!あとなんか遊べるとこいっぱいつけといたぞ!ゲーセンメシ酒アイスなんでもある!漫画もある!テレビも見れる!岩盤浴もつけといた!日焼けマシンもアカスリもマッサージもあるぞ!でかくてプールみたいな風呂も作った!サウナ八個ある!」みたいな、娯楽のドカ盛り定食って感じがする。快楽を詰め込めるだけ詰め込んでみました、みたいな迫力がとにかく愉快。

てなわけで埼玉県の草加健康センターに行ってきた。書くのがダルくなってきたのでまたこんど。

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カネコアヤノのレコードが届いた

あの日の、夏の野音の記憶がありありと蘇ってくる。夏。今から半年以上前は夏だったのか。信じられない。あの、夏。七月。セミがジリジリと鳴いていた、野音。ライブと共に陽が落ちていく。曲と曲の間に空白を、自然の音たちが埋めていく。曲の途中、ふと空を見上げる。ビルが、遠く周りにはそびえ立つ。やや無機質にも思える建物たちの間を、カネコアヤノの音楽が突き抜けていく。その爽快さ。この上を、ずっと行くと遠い宇宙の果てまで繋がっている。その真下に、カネコアヤノがいて、歌う。野音は音が広がる、というのが素晴らしい。地球にカネコアヤノという存在が、溶けていく。そして、その境界で、何もない無職である俺と、溶けそうな暑さと、この野音と、カネコが音楽をやっているという強烈な事実が、セミの鳴き声を媒質として、溶け合う。この、目の前で回転するレコードは記憶の再生装置だ。ここまで当時の心情、風景、記憶、全てが蘇るとは。その時、そのものを真空パックに詰めたみたいだ。あるいはフリーズドライ。お湯で戻して、そのまま食べられる。そう、そのままなのだ。全部鳴り響いている。全部。夏から、つまり一番極まっていた七月から、八月を経て、秋になり、よくわからん冬になり、そして気温の上昇と共に、春が来る。夏の手前の、手前。この循環によって何もかもよくわからなくなり、季節が一巡りしそうになる前に、また夏がやってきた。この、あの、野音の日を俺は一生忘れないだろう。暑さと溶け合いというタームによって繋がれた、俺だけの野音だ。俺はこの夏をこの先一生ずっと背負って生きていく。まさか、本当に季節が逆に巡るとは。時間は巻き戻る。記憶が巻き戻す。歓声が聞こえる!喧騒だ!そう、俺が求めていたのは喧騒だ。そしてその裏側にある静けさだ。

俺の求めているもの全てが、あの夏、2023年夏のカネコアヤノ日比谷野音ワンマンショーには、存在したいる。誰にもこの感慨はわかりはしない。俺だけの、野音だ。

そうっと、重いレコードを抱きしめる。

漕ぎ終えて

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大阪から東京までロードバイクで行った。

本当は24時間以内に行きたかったけど、結局3日かかった。悔しい。友達3人と出発したけど、あと2人は色々とトラブルに見舞われ、結局夕方に東京に着けたのは俺だけだった。集団で達成する喜びを味わえなかったのも悔しい。

今回の敗因は二つに大別できる

・準備不足(装備、ルート確認等)

・ペース配分ミス(休憩が長すぎる)

まず、準備不足から。初っ端、大阪を出発して四條畷市まではよかったのだが、清滝トンネルで迷った。迷った挙句、ペースの差もあり二手に別れてしまった。そこから伊賀越えでも迷い、延々と奈良を漕ぎ続ける事態に。道を間違えることはタイムロスに繋がるだけでなく、精神的負担にも繋がる。端的に、萎える。モチベーションが下がる。今回、俺だけ駿河健康ランドから単独で東京に行ったのだが、そこからのルートは事前に予習しマップにもメモしていたおかげでスイスイ漕げた。

また、なるべく止まってはいけない。止まると筋肉が硬くなり、身体も冷える。ゆえに再始動が大変になる。疲れやすくなる。しかし、何より大切なのは「流れ」ていることだ。何百キロ先の目的地。途方も無い距離。隣を時速70キロ台の自動車がビュンビュン飛ばしまくる。自分だけが、燃料を用いた原動機を使わず、ただ己の筋肉だけで前に進む。国道上で繰り広げられる圧倒的孤独劇の中で唯一信じられるのは、「漕いでいる自分」のみである。止まるとそれがなくなる。止まると、途方も無い距離の途方のなさがありありと想起される。そうなると動けなくなる。動いても長いままであるとの絶望感が筋肉痛と共に全身を覆う。

しかし、漕ぎ続けていれば話は別だ。漕ぐということは、前に進んでいるということを端的に示す現実そのものである。どんなに遠かろうと、漕いでいれば、ただペダルを踏み込めば、自分の座標と目的地のそれとが、線で繋がる。この漕いでいる自分の直線上に獲物がいるとの確信が、タイヤの底から、ペダルの表面から、足の裏を伝って湧いてくる。そうすると、もうあとは漕ぐだけだ。ひたすら漕げ。ゴチャゴチャ言わずに漕げ。しんどくなったら踏め。漕ぐ、とかじゃなく、ペダルをまっすぐ踏み込め!どんな坂であっても自転車から降りるな。踏め。ただ全体重を前に掛けて、踏み込め。ただ踏み込むことだけが未来への確信に変わる。あまりにも長い坂に出くわしたときは、前を見るな。坂の頂上を見つめると、脚が動かなくなる。「あんなところまで行けるわけがない」「まだこんなにあるのか」

 

下を向け。地面だけを向いて踏め。踏め。前を見て歩け、なんて世間では言うが、ときには足元だけを見る時間も必要だ。下だけを見て俯く季節が、人間には存在する。それは坂のときだ。坂は進まない。進まないけど下を向け。下を向いて、ただただ踏み込め。

 

世田谷を超えて、本当にゲロを吐きそうになった。なんでこんなことをしているんだ。身体がキンキンに冷えて腹の底から気持ち悪さが込み上げる。吐きそうだ。誰がゆるしてください。国道246号線を漕ぎながら、念じる。しかし誰も助けてはくれない。吐きたい。尋常ではなく苦しい。本当に助けてほしい。あと45分漕がないと目的地の秋葉原には着かない。胸の辺りにジワ、と絶望が広がる。寒い。本当に吐きたい。都会の雑踏、または渋谷の若者達が余計に孤独感を増幅させる。もう降りたい。降りたい降りたい降りたい。自転車捨てたい。吐きたい。

だが、着いた。着いたのだ。なんであろうと、漕げば着く。

諦めない心とか、負けん気とか、気合とか、根性とか、精神力とか、そういうのじゃ全くない。漕げ。ただ漕げ。

 

漕げば、着く。

 

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(ちなみにもう自転車で大阪から東京に行くのはこれで2回目だ。人生でこんなことを二度もやる必要は全く無いと、確信を持っていえる。)

めちゃくちゃチャリを漕いでいる

取り急ぎ すげえチャリ漕いだ もう限界だ でも明日も200キロ 目がしょぼしょぼする なんぼ羊羹食ったんかわからん 手首痛い 手の形もどらん ありえんくらいビール飲みたい ビビるくらい眠い 明日も200キロ? 御殿場を、超える? いけんのか? エグい 過去の自分に負けるのやだな ダメだ、体力落ちてんなあ しかし、チャリを漕ぎまくることで得られるのは、チャリを漕ぎまくるという能力であり、それを敷衍することは困難 なんせ、失敗しまくっていた 継続もニガテ ただ、チャリだけはまあ漕げる 漕ぐだけだもんな はやく無事に東京に着きたい 競馬もみたかったが、無理だ 目が痒い もう牛丼はいやだ ポカリもいやだ 羊羹はまだうまい 羊羹はすごい Z世代は羊羹を食えバカ 羊羹はすごい 

なんで俺はこんなに東海道を往復しているのだろうか?

なんで俺はこんなに東海道を往復しているのだろうか?より正確にいうと、なぜこんなに大阪東京間を往復しているのだろうか?

初めて東京に行ったのは、小学一年のときだ。恐らく。親戚に会いに新幹線に乗り、やたらと興奮したのを覚えている。両親にはディズニーに連れて行ってもらった。そこから中学生になり、高校に入る。そのあたりから移動に目覚め、うーんいつだろうたしか、高校一年の冬に「アニメジャパン」というアニメフェスが幕張かビックサイトであって、そこに友達と一緒に行ったのだった。あの頃はまだムーンライトながらという夜行列車があり、岐阜の大垣から東京に行けたのだった。そこで18切符の味を知った、ような気がする。

それから、長期休暇に入るたびに東京に行った。特に理由もない。ただただなぜか東京に行った。無意味にムーンライトながらに乗り東京に行った。高二の冬はママチャリで東京に行こうとした。失敗して名古屋でチャリ捨てて、大阪に帰った。親からは捜索願いを出された。とりあえず、友達を誘って夜行列車で東京に行き、翌日また18切符で帰ったりした。意味不明である。誰もいない表参道を歩いた。何も買わずに竹下通りを歩いた。

東京が好きなのか、と言われれば微妙だ。かといって嫌いでもない。山手線は疲れるし、地下鉄は深すぎてダルい。惹かれているわけではないと、断言できる。でも、なぜか行きたくなる。ヒマになったらとりあえず東京に行ってしまう。概算で三十回以上は鈍行で東京大阪を往復している。もはや静岡ロングシート区間などなんとも思わん。ママチャリに比べれば18切符移動なんて屁でもない。

二月末で仕事の契約が終わり、三月ヒマになった。だから東京に来た。いや、今回はイベントがあったのもあるのだが、でも何もなくても多分来ていた。東京でママチャリではなくロードバイクをゲットして、走って大阪に帰ろうとした。実は浪人の春にママチャリで大阪から東京に行ったことがある。雨の中二泊三日した。全部道路で寝た。植え込みの中で、雨の中寝たし、まあ今だから言うが雨の中のマンションの駐輪場で寝た。バッチリ低体温になって四時間動けなくなってマクドでアップルパイを食べて生き返ったし、ロードバイクで神戸から東京に行こうとしているお兄さんと、たしか三重のコンビニで出会ってお互い励まし合った。ダンプがひしめく砕石場の隣でぐっすり寝た。間違ってバイパスを夜中に爆走してしまい、「なんか路肩が狭いな」と思ったら警察に捕まった。静岡県警は「どこから来たの?」と不審そうに俺に職務質問し、「大阪から来ました」と答えると「お、おう…」という反応になった。「気をつけろよ〜」みたいな感じで終わった。

コロナの夏、なんかいきなり何も計画せずにスクーターで東京に行った。往復した。その前の年も無意味にクルマで東京と京都を往復した。東京ではスタ丼だけを食べて帰った。

東海道に呪われているのかもしれない。もう、正直飽きた。でも、今日も東京から大阪に向けてロードバイクを漕いだ。「この風景何回目やねん」という感想しかなかった。あまりにも楽しくなさすぎて笑えたきた。今年の秋も車で東京にそういえば行った。あれはイクイノックスに会うためだったけれど。元気かな、イクイノックス。

今朝出発して静岡に着く予定だった。軽さ第一、ということでリュックも上着も全部ゆうパックで送るために郵便局に行った。二千円円近く払った。それで、郵便局を出た。雨が降っていた。

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雨?想定してもいなかった。なんだか知らないが、俺は天気予報を事前にチェックできない病気にかかっているらしく、この間彼女を登山に誘ったときも急に雨になって中止になってしまった。申し訳ない。「やっぱ天気予報は見なあかんな」と反省の弁を述べたばかりであるにもかかわらず、同じことをやらかした。しかも今回はダメージがデカい。冷静に考えて、雨具どころか羽織る上着さえない状態で二百キロも漕げるわけがない。なんで天気予報を見なかったんだろう?しかも、郵便局に入る前であればまだ上着諸々が手元にあったし、なんなら漕がずにそのまま電車に乗るという判断もできた。何もかも噛み合っていない。仕方なく、というよりそれ以外することもないので、漕ぐ。都内はストレスフルだ。車も人も多い。でも法務省だの国会議事堂が見られたのは良かった。デカい建造物は人を元気にする。雨もかなりの小雨で、これだったれイケそうかなと思う。順調に多摩川を越えて神奈川県川崎市へ。スーパーで休憩。イケそう。再び漕ぎ出す。ロードバイクの乗り方にも慣れてきたし、何よりもママチャリと比べて全然疲れない。ギアがたくさんついているから坂道に合わせて細かくアジャストできるし、軽いから漕ぎやすい。ちょっと感動した。疲労度がまるで違う。というか、変速機も無いママチャリをよく昔は何百キロも漕げたな…。この快楽を知ると元には戻れないなと、思う。

しかし、九十分ほど漕いだあたりで、やや雨が強くなってきた。そしてそいつらがダイレクトに身体に直撃する。加えてチャリはビュンビュン走るわけで、体温がゴッソリ奪われる。ヤバい。八年前、低体温症になりかけて数時間うずくまっていた悪夢が蘇る。と、ちょうど良いところにマクドナルドがあり、小休止を取り、身体が温まるのを待っていると小一時間が経過。いやあ、無理かもなと思いつつ漕ぐ。

やっぱ無理だ。寒すぎる。上着を買うしかない。これまたちょうどすぐ隣にバイク用品店があった。

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プランA。ここから新横浜に行き、新幹線に乗る。すぐ大阪に戻れる。そこから体調を整え、大阪で走り込み、同時に準備に時間をかける。幸い明日の大阪はそんなに雨が降らない予報だ。費用は新幹線運賃の一万四千円。

プランB。バイク用品店でウェアを買って、続行。ウェアは三千五百円。そこに宿泊が四千円だとすると、かかる費用は大体八千円ほど。

費用だけで比較すると、差額は六千円。微妙なところだ。ただ、関東東海は明日も雨が降る。

俺が達成したいのは、大阪から東京まで二十四時間以内に走り切ることだ。決行は八日の早朝。それまでの二日間で、雨の中体力を消耗するのは賢明ではない。本当に達成したいことを見誤ってはいけない。ここは無理するべきではない。

そういうわけで、東海道新幹線に乗っている。判断としては恐らく正しい。しかし、と思う。もうすぐ名古屋。高速で風景は移ろう。この三日後に、またおれはチャリで東京に行く。一万五千円もかけてせっかく大阪に帰ったのに、また東京に、しかもチャリを何十時間も漕いで、行く。なぜだ。もう意味がわからない。こんなことにカネを使っていて良いのだろうか?もっと美味しいご飯が食べられた。飲み会だって何回もできる。ちょっと良い舞台だって見られるし、温泉にも入れる。映画もたくさん観れる。なのに、たかだか二時間と少しの移動にこんな大金を注ぎ込んでいる。それも、三日後にはふいになる移動に。呪いだ。これは東海道の、呪いだ。

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まあ、とにかく漕ぐか。わざわざ漕ぐためだけに帰ってきたのだから。

 

しかし、東京に着いたら何をしようか?