日記 8/27

今日はおもろかった。激アツ案件が舞い込んできたからだ。まあ、もうちょい続けるか~。

リミットかけるクセがあるから、それを外す作業。普通に突っ走る。これが難しいけど、まあいける。1ヶ月、めちゃくちゃにやる。楽しむぞ〜。

オフテイカー探し、蓄電池、住宅バルク!激アツだ。あとは海外!アツい。けど、モノが売れるだけ。むなしい。ボーナスも大してない…。

占い通り、2〜3ヶ月が波だろうな。そのあと多分辞めて、一旦路頭に迷うフェーズがやってくる。おそらく。自分のことがなんとなくわかる。

あといろんなこと並行してやるのやめたい。けど集中も難しい。ま、並行してやるか。飽きたらそれで、終了。

一番の欲望。世界の輪郭を掴みたい。物欲、全くナシ。欲しい物がなさ過ぎてウケる。ビビるくらい服を買わない。バイクもクルマもいらん。カーシェアでよし。ゲーム苦手だからやらないし、競馬もスパッとやめてしもうた。移動とライブくらい。ウケる。ギャンブルやってたの意味不明すぎる。カネ増えるわけないやん。

モノひたすら売っても、しゃーない。もっともっと刺激とトキメキを求めていく。

うーん、まあ2ヶ月でピークきそう。てか4月から今日までの5ヶ月ほぼ成長なく平坦なのヤバい。淡々と過ぎすぎている。普通に勿体ない。

やっぱ、力を抑制するのはダメだ。非常によくない。最後ブチ抜かなアカンし、まあ、年はまたがないかなあ。

決めた、やっぱ9月末かな笑。10月には、さいならだ。とりあえずその日まで日記をつけよう。ああ。少しだけ寂しい。会社に対して、とかじゃなくて。過去が多分少しだけなかったことになっていくという、ただ流れる時間に対して。この、恐ろしい毎日というものが。少し、寂しい。

日記 8/26

今日も仕事が終わった。つまんねえ。この、そこそこ売上出てるしもう全員ゆるく現状していくか、みたいな空気。時間の無駄だなと思うけど、そこに甘える自分もいる。首が凝って仕方がねえ。

今日は勉強まあまあ進んだ、やっぱ区切りつけてシステムで回すのがいいなあ、結局。人間、有り余る自由には耐えられない。少なくとも俺はそうだから、区切りをつけなければいけない。

それにしても、やめると決めた瞬間受注になったりおもしろい話が飛び込んでくるから、困る。ただ、ずっとこの中で踊るのもなあ。ちがう。何もかも剥いで、裸のまま飛び出す瞬間が、残り少ない20代のうちには必要な気がしている。

ただ、赴く方へ突進するという向こう見ずな形を、実現する必要がある。そろそろ第4コーナーの曲がり角、だ。

具体的な話で言うと、まず家をサッサと見つける。クッソ安いとこ見つけたからそこの返事待ちかな、とりあえず。なんかオモロイ形でやりたい。

オモロいこと以外、なんもやりとうない。これはおもんないことを歯食いしばってやり続けてきた俺が言うのだから、正しい。全部おもろいことだけでいい。うーん、辞表をかくぞ。

日記 8/25

働いた。会議も乗り切ったし、見積もり作ったりガーッとメール返信、電話対応。

確かに忙しくすると充実感はあるけど、やっぱりジャンキーだな、という感じ。このなんか充実してる感、みたいなものに騙されては、いけない。家に帰ってメシ食って、寝るだけ。

なにか違うことが起きたか、というと受験料の払込を終えた。何年目やねん。やけど、なりふりかまってられない。

特に書くこともない。神戸は涼しくていいな、くらい。上海は蒸し暑い。けど、あの熱気も悪くはない。

また、住む場所を変えてもいいかもしれない。一年も継続して働けた。えらい。

8/25

この2年はずっと我慢してストップしてきて、かなりしんどかったわけだが、その理由もわかる。ムチャクチャな発散だけでは事は成せず、かといって我慢しすぎるだけなのはアホだ。バランスを取るためにこの時間があり、つまりは突き進みつつ、堪えるところは堪えられるようになってきた!

以下に燃え尽きず、良いサイクルを回して突き進めるのかという点が課題であるので、今後は仕組み作りを行っていきたい。勢いで発火しつつブレーキも踏んでいく!

まだ習慣のところが難しいが、一旦環境を変えてみる。どうしても誕生日という区切りは意識してしまうが、ちょうどいいタイミングで利確したい。

とりあえず、早く寝るしかない。

今を楽しむだけ!

人が惹かれ合う前の、"この人なんだかしっくりくるな"という目に見えない感覚。世界の自転が一瞬停止して、二人の間が真空になるあの瞬間。 やっぱ人間として生きることは素晴らしいなと思う。そんな奇跡みたいな時間を存分に味わえるから。

どんなにそれっぽく理由があったとしても、結局なんとなくそうだから、というのが根本。究極的にはトートロジーになるしかなくて、自己反復していけば今が永遠になる。

これが人生の究極の希望だなと思って生きている。

トートロジー性は時間を超えて永遠に繋がる、だから今を存分に楽しむそれだけ!

音が見つかれば

音が見つかりつつある。音が見つかれば、他のものは必要とはならなくなるのかもしれない。

火傷したみたいな気持ちだ。ほとんど同一化しそうになったからこそ、見えた景色だ。根本的に、何かを追って求める、ということをしたくはないのかもしれない。

もっと、自分の音を。自分から出る波の中で溺れていって。多分、本当にそうなったときが、新たな段階といえるのだろう。そして、そのときはなんだか近い。予感だ。単なる、予感。

思い出作りたいわけじゃない

良い思い出、とか言うけど別に思い出作りたいわけじゃない。もっと、違う何かを求めている。もっと、何かを。けれど、それが何なのか、まあわからない。いい思い出になったね、とかそんな空気になるといやちがう、そうじゃないと言いたくなる。

思い出は多分、記憶としてパックされておわりだ。それが悔しい。もっと、その経験から身体の色が少し変わったり、世界に変化が起きてほしい。内部で美化される記憶じゃなくて、もっと確かなものを。かといって確かすぎない、若干形があるくらいの、そんなものを。

色んな気持ちのやり場がない。悔しい。寂しい。どんな気分なのか、よくわかっていない。一体何を欲していて、何をどうしたいのかがよくわからない。ずっと、やりきれないままだ。

ずっとでっかい豆腐を抱えている。本当にどうすればいいのか、わからない。どうすればああなれるのか。とても苦しい。そして、悔しい。ただ愚直に言葉にしていくしかない。向き合って向き合って、切り刻むしかない。そのうえで時が過ぎていく。そういうものかもしれない。

別に思い出とかじゃない。ただ、確かなものがほしい。ちょっと手で触れられるくらいの、確かさ。もっと、ブレーキを掛けずに、心地良く。五里霧中で、少し何もわからなくなるくらいの、感じに。光を握っていきながら。

ただ自分の音と、光だけを信じて。