サラリーマンの出汁

ビジネスホテルに泊まる。学生の頃も泊まったことはあるが、やはり労働者になってこそビジネスホテルの神髄が味わえるような、そんな気がする。学生の頃、五千円もするビジホは高級宿で、二千円のドミトリーかネットカフェ、又は野宿が僕にとっての常識だった。今は経費としてビジネスホテルへの宿泊代を会社に請求できるわけだが、なんというか、ここに泊まると、身体が利潤を生み出す為に透明化していくような気がしてならない。

夕食と朝食が付いて七千円という破格のホテルに泊まっている。チェックインすると、無料の夕食券、朝食券が配布される。部屋に行って、スーツを脱ぐ。丁寧にジャケットをハンガーに掛ける。シワにならないようにスラックスを、そっと吊るす。仮面を被っていた自分を剥がして、休める為の儀式だ。スーツケースを開けて、私服を出す。変身。一階のレストランで、「成型したりましたわ」感ほとばしるハンバーグを食う。

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周りのサラリーマンもむしゃむしゃ食ってる。ただ仕事して、ホテル行ってむしゃむしゃ出されたメシを食ってる。ドリンクバーも無料だったのでオレンジジュースを飲んだけど、ガキの頃駄菓子屋で五十円くらいで売ってた着色料しか入ってないジュースと同じ味がして笑ってしまった。こんな大嘘つきみたいな味のジュース、本当に久々に飲んだ。色々と凄まじいな、と思いつつ大浴場へ。

風呂に入る。僕が入った頃は空いていたけれど、続々と全裸のサラリーマンが集結してくる。くさい。飲み会のあとの、あの嫌な香りがする。全裸でビチョビチョでテッカリしたリーマンたちがわらわら風呂に入ってくる。みんな、お風呂に入りたくてこの宿に来たのではない。労働して、飲んだくれて、ひとまずさっぱりする為に風呂に来る。労働の為だけの疲労回復。労働を最終目的とした快楽。全てが消費の渦の中に集約されている。おれたちの人生を載せているボートは、資本の渦上に浮かんでいる。推進力を得る為には、消費するしかない。酒を飲み、商品化された性を享受し、そして労働する。徹底的に経済化された動物たち。与えられた賃金はまた新たな賃金へと形態を変え、ピンハネされた水蒸気たちは俺たちの頭上に浮かび雲となり、決して掴むことは叶わない。ただ餌を食い、飲み酩酊し、そしてベルトコンベアで運ばれていくようにして、湯船に浸かる。

うまくコミュニケートし、勤勉に学び、配慮を行うという、現在の世界で標準とされる人格を優等生的に仕上げることが、いわゆる"シゴデキ"の正体だ。

そして、今はその渦を外側から眺めている感覚だ。ハマり切れない。「なるほどこんな感じなのか」という答え合わせを行なっている毎日だ。

ビジネスホテルの大浴場は、サラリーマンの出汁でいっぱいだ。どんな味なのかは、しらない。(2024.11.28)

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