旅というジャンク

旅はジャンクだ。果てしない消費だ。そして、何かを成し遂げたような錯覚に陥ってしまう。徹底的な受動性。何かを生み出すわけでもない行為。

どこか大変なところに行って、本当に大変な思いをして、なんとかなってしまい、そして日常に還る。その行為を反復して青春を過ごしてきた。だけれども、衝動的なまでに何処かに行くことは、しなくなった。

やはり遠くには行きたい。けれどもぷらぷら、なんてことはしたくない。見たことのない景色を見る、という激しい欲求はまだまだ自分の中を貫いている。けれども、行き当たりばったりで見るのではなく、もっと、あまり言語化できないのだが、雑さのチューニングを落とした状態で、かつ縛りすぎないくらいのマインドでそれをやりたい。

別に真面目に、とか修行僧みたいになったつもりはない。端的につまらない。けれど、もっと別の仕方でやりたい。もっと自分で自分を支えるような、そんなやり方で。もっと、本当の喜びと結び付いた仕方で。

言葉にうまく言い表せないけれども、やっぱ自縛するのとはまた違う。サバイバルに近い。確かな仕方で、生存の確率を高めるという嗅覚を駆使しながら、求めるものに近づく。

ジャンクではなくて。もっとビビッドで、煌めきのあるような。もっと、確かにこの目でみたい。それも、自戒とは違う在り方で。

エモさも何もない。けど、見てみぬ振りはやめた。それだけの話だ。もっとリアルを見て、生きていく。そう、見るか見ないかの話であり、何も見ずに所狭しとひしめく快楽を満たす存在からは一旦は抜け出したのかな、という感覚だ。

もっと自由に。全部を遊ぶみたいに。粘土を捏ねる子供みたいに。今年の抱負は、と仮に聞かれたとするならば、こう答えるかもしれない。

ハシャぎまくる。何も考えてないガキみたいに。