若いということ

結論から言う。何もかも終わってしまったかのような、もう青春は終わりで夢からは覚めた、という感慨に浸っていたが、そんなものはまやかしだった。俺はまだまだどこまでが左で、何から始めれば前なのか何もかもが、全く分からない状況に飛び込んでしまうだろう。

20代半ば。誰にも言ったことがなかったけれど、俺は30になった瞬間何かの拍子で死んでしまったとしても悔いが残らないように生きようとしていた。1秒の中に悔いなど一切宿らないように生きていこうと思っていた。けれど、結局は前のめりになりすぎてつまづいた。

中東に飛び立つ飛行機の中で、目を血走らせながら窓の外を眺めていたことを、今も覚えている。そこには空が広がっていたはずだ。けれどその美しいはずの景色よりも、自分の中を流れる血の温度にのみ、関心があった。

生き急いでいた。文字通り急いでいた。今この瞬間を、全てを出し切ってずっと全速力で駆け抜けることだけを考えていた。思い返すと本当に強迫的だった。恐ろしさすら覚える。魂が額の間からズブブブと出ていこうとしていき、その形に合わせて皮膚がニュルっと膨らんでいく。みかんみたいな球体が、僕のでこから飛び出ている。眼球が世界により近づこうとしていて、そして少しだけ、それは2mmという距離でしかないのだけれども、前に迫り出していた。今の瞬間をほんの一瞬でも逃したくはないから物凄い勢いで前のめりになっていて、世界を覆う膜の中に、入り込もうとしていた。

どこにでも行ける。だからこそ、どこにも行けない。自由に殺される。そんな、20代の真ん中。

大体2年くらい前の話。「無職の適性ないっすわ〜」と言いながら、阿佐ヶ谷を先輩と2人で歩いていた。その人もちょうど無職になっていた。ただただ、とりあえず夏だった。何がどうあろうと夏でしか、なかった。

コインランドリーに行った。銭湯に入った。ジジイに話しかけられた。順番通りに話すと、友達の家に泊まりにいくことになって、向かっている途中夜道で爺さんに話しかけられ、「ワシはこの銭湯のオーナーである」といった旨のことを告げられ、じゃあ、入るか、と言ってその風呂入った。人がやたらと多い東京の銭湯だった。そしてそれは銭湯そのものだった。真下にあるコインランドリーに行って、そこで先輩は服を洗っていた。実態は洗濯機を回しているだけなので、待っている間、蚊に刺されまくってしまった。時間は、実はそのときは流れてなどいなかった。止まっていた。知り合いに電話をかけた。思いついたことがあったからかけた。けど、そのアイデアは遂に実行に移さないまま、2年が経った。実は、時間は着実と経過していたのだった。

夏が終わった。秋がきた。ずん、と全ての反動にパチンコ玉みたく弾き飛ばされて、全ての底の底の底の底の底の底の底の底の底の底へと、ゆったりと沈んでいった。

何もかもが、終わった。ずっとそんな気分だった。30で死んでも悔いがないように生きる。けれども、毎日を過ごす度に後悔だけが蓄積されていった。終わった、終わった。息を吸っているようで、何も取り込んでいない。考えているようで考えていない。ずっと、「はざまの寒天」だった。間にいるだけのゼリー。ぷるんと震えるだけのツヤツヤした物体。もう、それはただどうしようもないということなのだ。

けれども、何も終わっちゃいない。そう言ってくれるひとがたくさんいた。直接的にそう言われたわけじゃない。けど、それは誰かがうたうことだったり、ふとつぶやく一言だったり、一緒にただ歩いたり、そんなことの中にあったり、する。別に終わってなどいない。その単純な事実に気が付くのに、大いに時間がかかってしまった。

まどろみからはまだ一切覚めてなどいないし、ずっと微熱が続いている。身体が火照っている。調子が悪かったりしたのは、その火照りを無視していたからだ。また、渦の中に飛び込んでしまう。身体に変な力が入って強張っていた。今どこにいるのかわからなくなる。行き着く先に何が見えるのかわからない。目的はあるようで、シンプルに、ない。ただ、今が今であって、何も見えない。ずっとうなされている。夢でなければ現実でもない。ただ身体が熱いことだけは確かだ。けれどもそれは、やけどしてしまうようなカンカン照りではなく、ぼわっと広がる微熱のようなもの。かすかだから、無視して見逃そうとしてしまうけれども、それはできない。熱の膜に包まれている。先には何もない。そこで足踏みをしてみた。けれど、ただ火照りの中で、ただうなされていく。あの頃見ていたグルーヴを超えるその先へ。それが、今この瞬間にだけ許された特権だから。

もう一度。すべての輪郭が曖昧になって、全部がバターみたいに溶けていく毎日へ。ちゃんとしようとしない。別に自分を縛らない。全部が無限の彼方に突き抜けると思って、やる。目的はない。何も見えない。なぜそうしているのか、何もわからない。計画を立てているつもりでも、何もできていない。でもただ、そうである。そうであることが、そのままである。そのままである。いまがいまである。目的が結果である。そのままである。そうして、うなされていく。

もう一度。まどろみの中へ。