表題の通りだ。薄っすらと、大体の物事に対するやる気がない。やりたいなと思うことはあるけれど、できることであれば何もせず日々を過ごしていきたい。とはいえ、何もしないのはそれは飽きる。とはいえモーレツにすげえ努力したいとかそういうのでもない。
人生において、今まで努力というものをしてこなかった。勉強はなんか楽しくてやっていたし、受験はゲーム感覚でズボッとハマったときはうまくいった。やりたくないけど必死に頑張った、みたいな感じではなく、あの頃はスマホもガラケーもゲーム機もなかったし、問題集をひたすら解くくらいしかやることがなかった。ネットにハマったせいで大学受験はダメだったけれども。
結局浪人して、代ゼミに入った。その頃校舎数が日本全国七校だけに大幅に削減された年でクラスは過疎の極み、なんと俺がいたクラスはたったの三人だけだった。下手な田舎の小学校よりも少ない。七階建てのビルにはあんまり人がおらず、どのフロアにも鬱屈とした空気が充満していた。ラブホ街の、向かいにあるなんばの校舎だった。
前半はそこそこ頑張ったけれどだんだんとサボりはじめ、英語しかやらなくなった。そこで凄い英語の先生がいて(詳細は割愛するけど)、その先生が出版した問題集のみをひたすらやっていた。なぜかというと、出版したてなのでかなり誤植や文法ミスがあり、それを血眼になって探すことにハマっていたのだ。毎朝予備校に行き自習室で目を皿にして問題集の文言を舐め回すようにして見つめ、徹底的に文法と語法を洗って内容の検討をしていた。多いときは一日に三個ミスを見つけることができて、その度に喜々として講師室に赴いた。こちらの勘違いで終わることもあれば本当に誤りのパターンもあって、数ヶ月くらいで第二版が出たように思う。やけに嬉しかった記憶がある。
それ以外の科目は全くやらなかった。興味が湧かなかったからだ。センター数学はたしか三十点台だったものの英語で満点を取れた。なんだかんだで英文科に受かった。
大学に入って、一週間で授業に出なくなった。烏丸今出川からテクテク白川通まで歩いて、哲学の道を散歩することを覚えた。朝、家を出て大阪から京阪で出町柳まで行って、そのまま大学で二限を受けるべきところを散歩に置き換えた。本当によく歩いた。歩き続けた結果、一回生の春セメスターは確かGPAが0.02だった。いや、0.06だったかもしれないが、どちらにせよ散歩の成果だ。
途中休学したり店始めたりしつつ、なんだかんだ二年遅れで卒業した。そこから二年フリーターやったりただの無職になったり、新卒で入った会社を一ヶ月半で辞めたり正社員一年ちょいやって、今は無職だ。
こう、文字に起こすとなんだかヤバい感じがあるな。なんか極まってないか?大丈夫か?全部風の流れと興味の赴くままやってきており、振り返るとやりたくないこと歯を食いしばってやり遂げて成果を掴む、みたいな体験を一切潜ってこなかったように思う。平たく言うと努力なるものをしていない。
それで、明日資格試験なんだけど普通に落ちそうだ。一ヶ月前から勉強して、過去問は一昨日から始めたけどどう考えてもボーダーギリギリだ。だいぶキツいしウルトラミラクルが起きてなんとかギリ二点プラスで受かるか受からんか、みたいな感じ。こう、もうちょい詰め込んで最後のスパートかけろよと、自分でも思うがこの状況でのんびりすることがたまらないので、のんびりしている。
少し前まで、自分を変えなきゃ、努力しなきゃみたいなことめちゃくちゃ思っていたけど、全てがどうでもいい。京都で数多く出会った謎の何して食ってるのかわからんおじさんみたいになるのはちょっと嫌かもしれないけれども、シンプルに全ての事象に対するやる気がうっすらとないし、やる気を出すと結局反動が来て何もできなくなってしまう。なんか、こう筋トレして克己、勝つ、努力、みたいなものが自分じゃないなって思う。
全部楽しいからやる。風が流れているからそこに乗っかってみる。怠惰になるのではなく、流れていく。こんな自分をまあ気に入ってはいるし、なんとなくの焦りはあるけど、もうこの年になって今更変わることもあんまりない。成長、二十代で努力、とかいうけどシンプルに全員どうせ死ぬのである。まあ、将来とか先々のことを考えるのはめちゃ大事で、成長したり己自身を改造することも必要だろう。その方がいい時間を過ごせるし、色んなものが煌めくだろう。だが、俺はその上で、怠惰ではなくアンチ成長でもない、鬼能動的ブラブラという概念を提唱したい。びっくりするくらい軽くなって、全て己の中に吹く風に乗るのだ。ここでポイントなのは他の人の価値観に一切惑わされないことで、「ふーん。まあお前はそう思うんだね。」で全てを完結させる。マジ、これこそが鬼能動的ブラブラだ。他の人が、偉い人が、ではなくてお前自身の中からわいてくる推進力で、他の誰も追い付けないすごい速さで鬼のように、そして怠惰ではなく能動的に、物凄い密度でブラブラするのだ。これからは市場価値が、とか人材屋コンサルが提唱したシャバい概念など耳に入れず、そんなものに乗っからず鬼能動的ブラブラをやっていこう。今の世界情勢、混沌の極みでもあるわけだが、こんな世の中だからこそ、周りなど見ずに鬼能動的にブラブラしてみるのもいいと思う。