Equinox

イクイノックス。

 

競馬場にはじめて行ったのは去年の10月の京都大賞典だった。経緯はくわしく覚えてないが、「人生で一度は競馬くらい行っておきたいな」って話に同期となって、なんだか5人くらいで阪急仁川駅近くの阪神競馬場に行くことになったのだった。

まあ、行ってみると楽しい。もちろん賭けのワクワクドキドキムカムカもあるんだけど、目の前を馬が走り抜ける疾走感がものすごい。そこから、競馬を見て賭けることに目覚め、毎週観るようになった。ビギナーズラックもあり運良く連勝もできた。

そして12月25日、有馬記念を迎えたわけです。

 

「イクイノックス」

単勝1番人気。オッズは2倍代。僕はいつも過去の競争データを分析して買う。イクイノックスはデータ的には鉄板の馬だった。データ的にテッパンだから、買う。いつも馬券を買うときは淡々としていて、特に馬に思い入れを持ったことなどなかった。そんなノリでイクイノックスを買おう。そう思っていた。でも、イクイノックスは違った。パドックといって、競争前に馬が楕円形のコースを歩いて周回する場所があるのだけれど、彼は、イクイノックスは、"光って"いた。本当に。天から光が差すように、光り輝いていた。顔の真ん中を太い白いラインが貫く。そこめがけて太陽がエネルギーを全部注いでいるみたいだった。引き締まった脚。トモの張り。毛艶はピカピカで、なにより「勝つ」という空気が全身から放出されていた。

この馬は絶対勝つ。イクイノックスは、勝つ。絶対に。無根拠にそう思った。そう思う自分も怖かった。そして、僕は今までの勝ち分プラス1万円をイクイノックスの単勝にブチ込んだ。10万円ぶち込もうかと本気で迷ったけど、友達に止められて、やめた。

イクイノックスは絶対勝つ。そして、レースが始まる。ゲートが開き、馬たちが一斉に走り出す。イクイノックスは馬列真ん中の外側を走る。悠々と。力を残して。まだ本気じゃない。風みたいに。スーッと。鼻血がいきなり出てくるみたいに、ツツーッ。コーナーを3つ曲がったところ。イクイノックスはするすると、前の方に出てくる。「勝った。」

そして第4コーナー。楽勝じゃん。なにこの出来レース。イクイノックスは、1人だけ違うことをしているみたいに、他のやつのことなんて何も気にかけず、ただ、あたりまえに、グングンと引き剥がし、さも当然かのように、後ろの馬たち引き剥がして進む。誰も追いつけない。ドンドン離れて、アッサリと勝ってしまった。あまりにもあっけない。余裕。楽勝。この言葉は彼のためにある。顔を貫く白いライン。イクイノックス。英語で「分点」という意味らしい。まさに、彼の顔のラインは競馬場を2つに別けた。彼が走るだけで稲妻が走る。彼と、彼以外になる。全部の主役になる。3月26日ドバイシーマクラシック。騎手クリストフ・ルメールを乗せて、イクイノックスは前に、線を引くみたいに出てくる。実際、彼の顔の真ん中には白い線が走っている。イクイノックスが走り、線が引かれ、ターフは別れてしまう。みんなイクイノックスを見ていて、彼はずっと先頭にいて、最後の直線、誰にも追い付かれることもなく、ただ、そうであることが当然であり、世界の理であるかのように、勝った。最初から先頭にいたのに、最後さらに引き剥がして、勝った。イクイノックスは1番だった。誰よりも強かった。1番強かった。

 

イクイノックスは世界を二つに分ける。イクイノックスの側には彼しかいなくて、外側は残り全部。なんだか、ダルい毎日。そこにイクイノックスがやってくる。顔の真ん中に真っ白の稲妻を携えて、駆け抜ける。周り全部蹴散らして、そもそも寄せ付けることもせずに、白い線が、自分の目の前で疾走する。イクイノックスは世界を変えるんだ。自分のいる空間も真っ二つになる。イクイノックスの走りを見る前の自分と、見たあとの自分。別れる。ダルい自分と、血が躍る自分。別れる。イクイノックスが走るだけで、何もかもが別れる。いつか彼に会いたい。会いにいく。イクイノックスに会うためだけに、競馬場に行く。

白い稲妻は僕の人生の道標になる。