日記(12/19)

映画を観に行った。

 

 

古い映画だ。おれは座席の真ん中辺りに陣取った。そこらにはそこそこ人がいた。しかしよく見てみると、誰もかれもが老いている。若い奴はほとんどいない。老いているか本を読んでいる。地図を読んでいる奴さえいた。

 

異様な空間だ。

 

映画が始まるまで二十分以上あった。おれは何もすることがないから、適当に時間を潰した。アメリカの劇作家についての解説を読んだ。どうやら彼の作品は死後評価され始めたらしい。

 

そうか。死んでから作品が評価されたのか。

そうか。

開演はブザーも無く突然訪れた。ふぅ、と照明が落ちていく。かと思いきや、完全に暗くなる直前に一瞬だけ間があった。真っ暗になり切るまでの、一瞬の間。おい何をしてる。もう映画は始まるんだぞ。さっさとその本だか何だか何にもならないブツをさっさと仕舞え。

ふと、大声が聞こえた。

 

「ブザーくらい鳴らせよ!」

 

腹が立った。やめてくれよ。映画は既に始まり、俺はこれから没入していこうと構えていたのに。

序盤のスタッフロールの間中、後ろの方からブツブツと文句が聞こえ続ける。おれは何とか集中しようとスクリーンに目を凝らした。しかし、そろそろ本編が始まるというあたりになってもその声は止まなかった。

 

客席は静かだ。誰も窘めたりしようとは思わない。誰も席を立たない。観客はみなスクリーンを見つめる。そしていつの間にか声は消えていく。

映画は古かった。男女の恋愛を描いた映画だった。女は御曹司を愛していて。そこに、てやんでえな荒っぽい男が絡んでくる。そいつは酒癖が悪い。だがそいつは多分女を愛している。彼は喧嘩っ早い。ふとしたことで歯車は狂う。好意が不幸を呼ぶ。よかれとしたことが後々尾を引く。みんな別れる。けどまた戻る。だけど、変わってしまったものは戻らない。 

取り返しは、つかない。

 

いい映画だと思った。素直に感服した。そしておれは、満足感と共に席を立ち劇場の扉を抜けた。すると出口で待機していたであろう受付係に難癖をつけている人を見かけた。

 

おれは劇場から出てきた人だかりと共にエスカレーターを降りる。その後、はて一つだけ疑問がよぎった。建物から出て外気に触れたあたりで、こう思ったのだ。

 

「俺は本当に腹が立ったのか?」