色々と楽しいことをした、夜だった。京都。白紙に戻るかのような、魂の洗濯。バカなことをして、バカな話をして、バカみたいに騒いで、バタっと倒れて眠る。学生時代からずっといた場所。何もかもが落ち着く。いつも何かをするまえは、ここで寝ていた。とある先輩の、一軒家。
起きて、身支度を整えそこを出る。全然時間がないので走る。ほとんど間に合っていないのだけれど、「諦めるな!」と、鴨川の橋の上で自分を叱りつけながら走り、なんと、発車時刻に自動改札機を通り抜けたにもかかわらず間に合った。
今日、カネコアヤノがここでライヴをする。それも、音響設備を使わない生歌で。
ホールに入る。開演10分前。ブザーがなる。5分前。ブー。神奈川県立音楽堂は音響設計にとてつもないこだわりを持って作られ、「東洋一の響き」と称されるほどであること。そういった内容がアナウンスで流れる。場内の時計は開演3分前を指す。ふと、会場が静かになっていく。波が引いていくように。おしゃべりの音が遠くに引いていく。無言での協調。
何も言わないまま、手を取り合う。
開演時刻。より一層静かになる。しかし、カネコアヤノはまだ出てこない。約3分ほど経過する。ポツポツ、ザワザワ、客席がふとした瞬間に鳴る。そして一瞬また引いていく。ほんものの波、のように静寂がなんとなく訪れる。
開演時刻から約10分。客席の灯りが徐々に落ちていく。木で出来た会場は暗闇に包まれる。そういえばホールの名前は「木のホール」だ。ステージにはアコースティックギターが2本。楽譜代。水。それを置く、台。たったそれだけ。こじんまりとした空間。1000人以上が入る会場の広さからすると、あまりにも小さい演奏空間。柔らかな照明で照らし出される。静寂は最高潮に達する。
カネコアヤノが出てくる。舞台上手から。一瞬のためらいのあと、ちょっとした雷みたいな拍手が鳴り響く。とてつもなく長い時間待った。そう思えてしまう。開場中のBGMも何もないまま、音響設備さえ使わず「裸」で歌うカネコアヤノを待つ我々も、また全てが剥き出しになっていたのだった。肌と肌の触れ合い。空間が隔てられている中、で。
カネコアヤノが席に座る。カネコアヤノ、だ。そう認識した時点で、形容し難い喜びが足の裏から湧き出てくる。一曲目は『わたしたちへ』。ハッ、とする。少し不安がよぎる。本当に「生歌」だ。マイクもなければアンプもない。生のアコギに、生の声。いつものライブほどの音圧はない。カネコアヤノは、何かを掴もうとするかのように、絞り出すように、歌う。とかどき顔をクシャ、とさせる。大丈夫だろうか?でも、あなたの歌はきちんと届いているよ。
しかし、曲を経るごとにそんな心配は無用になっていく。だだっ広いステージを、最初は掴みどころのなかった空間が、カネコアヤノの声に染みていくのがわかる。肌でわかる。木々がミシミシと音を立てて慣れていく。なじむ。だんだんと色が空気に触れていく。そして広がる。身体の奥底から、誰からも見えないところから、カネコアヤノの声が響き渡る。震える。その空間全てが震えて、そして1000人以上の我々はその中に入っていく。溶け合う。歌声の中で溶け合う。そして、それは至福、としか言いようのない時間であるのだ。
カネコアヤノと、それを聴きに来る観客。2つのモノが、同じ場所にいて、その周りにぐるっと線がひかれる。囲まれる。そして、我々はカネコアヤノになり、カネコアヤノもまた我々になる。見る/見られる、歌う/聴く、という対立ではなく、あの空間では歌っている人間が聴き、聴いている人間が歌っていた。その矛盾が、カネコアヤノの歌声の上で、そして70年の歴史を誇る神奈川県立音楽堂の繊細な木造ホールの上で、完璧なバランスで成り立っていた。ライブというものの究極形態なんじゃないかとさえ思えた。ずっと、ずっと聴き続けてきたカネコアヤノ。大学に入ってからの人生のあらゆる困難を、喜びを、彼女の歌声と共に歩んできた。色んな人、ありとあらゆる景色、記憶の奥底に残っていたどうでもいい1コマが、ふっと湧いては消える。魂を水に浸けて、そこから色々が滲み出る。目を閉じて聴き入る。たしかに、何にも邪魔されない歌声がこちらに向かってくる。ただただ、ナイフを胸に突き立てるようにこちらに入り込んでくる。ズブ。
ラストの新曲。最後の畳み掛けるフレーズにストレートに、やられてしまった。滅多に潤わない自分の目の縁に涙が溜まる。溢れではしない、そんなくらいに。
ライブが終わるとカネコアヤノは白い布に包まれた格好で、トタトタと、風に舞うティッシュみたいにハケていった。その軽さと、歌っているときの重さ。これが、おんなじ人間なのだ。
帰り。雑踏。JRの駅。「今日ほんとに良かった…」と2人組が話す。
本当に、良かった。
良い、とはこういう気持ちを表現するために存在するのだろう。
ありがとう、カネコアヤノ。また、あなたの歌を聴きにゆきます。
(2024/2/29)