老婆の鞄から茶がこぼれた

駅のイスに座っていた。TOEICの問題集を解く。あまりにも、つまらない。砂の上でペンを走らせているみたいだ。書きつけることはできない。最初はくっきりとしていた輪郭は、曖昧になる。埋まっていく。

丸テーブル、イス、イス、イスという配置だ。ふと、老婆が俺の隣に座った。座って、ペットボトルで茶を飲み始めた。いや、俺は気にもとめていなかったのだけれど、「ビチャ」という音で老婆が何かを飲んでいたらしいことに気付いた。ビチャ、と音を立てて液体が散らばる。床に散らばったあとの汁たちに目をやる。俺は飲んだ瞬間、こぼした瞬間をはっきりとは目撃していないのたが、鞄の中から直接液体が放出されたようにも思える。ひとまず、老婆は水筒さえも鞄の中にしまったようであり、平然とスマホをいじっている。

しかし、床には茶が転がっている。液体として。ベト、と。誰もしらない。誰も、鞄からビチャと何かが出てきたことを知らない。電車がダイヤ通りに運行されている。俺だけが、この液体のことを気にしている。茶、なのかさえわからない。よく見ると長いネギが落ちている。元からネギがあったところに茶が落ちたのか、ネギと共に茶がやってきたのか。日常。駅。普通の毎日。その中でビチャリと音を立てるもの。その音を聴くたびに、俺はほくそ笑んでしまう。