頭の中の番人

 頭の中に厄介な番人が住んでいる。いや、番人というより厄介な知人とでも言うべきだろうか。中二あたりから、こいつは俺の頭の中に住み始めた。この厄介者、俺が考えることすべてにケチを付けてくる。何かいいな、と思うことを考えてもすぐケチをつける。本当にそれいいの?

 

実はショボいんじゃ?

 

 まだ、思考にケチを付けるのはいい。本当に厄介なのは俺の感性にもケチを付ける、というところだ。何かを見て綺麗だと思う、おもしろいと思って笑う、楽しいと思って愉快な気持ちになる、といったときにあいつはやってきて「お前は本当にそう思っているのか?」と俺にしたり顔で聞いてくる。俺は海をキレイだと思わなくなりかけ、おもしろオヤジギャグをシラけさせ、快楽を苦痛に変えてしまう。こうした心の働きが、高校の頃からずっと続いている。一瞬なくなることもあるが、基本的に、ずっとだ。

 

 そこで起こるのは無限の回帰だ。目の前にあるそのままを「カギカッコ」に入れてしまう働きだ。永遠にありのままのそのままは訪れず、無限にカギカッコで、括られ続ける。

 

 

 

 

「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 止まった瞬間に全ては一つ上の次元に飛ばされる。そのままを検証した瞬間にそのままは「そうだった」ものに変身してしまい、意味を失う。だから、瞬間を積み重ねるしかない。思考(=番人)の入り込む余地のない、瞬き(=現実)。あるいは、それは夢とも呼べだろう。ニュアンスのない、フラットな夢。生きる術は夢遊にしかないのかもしれない。

 

2021.6.27