国技館、カネコアヤノ

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今日も東京はやたらと天気が良かった。知らない街を、天気の良いときにひたすら歩く。ばあちゃんが世間話をする。生活の息遣いがただよう。街を、まるごと味わうかのような感覚。

朝ごはんを買いにスーパーへ行く。野菜をあまり食べていない。ので。

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トマトを買って、公園で食べた。汁が垂れたって平気。水場でジャバーっと洗う。美味しい。

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そこから歩いて浅草の方へ。今日は国技館でライブがあるので、その近くへ。仲見世通りは人が多すぎて断念。人生初雷門。雰囲気だけでも結構楽しい。至るところに「東京マラソン」の看板がある。おお、ちょうど今日じゃん。遭遇できたらいいなあ。それにしても天気が良い。

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そして遭遇できた。青空の下、観光客がたくさんいて、そしてまたたくさんの人々が走り抜ける。すごい群れを成して。「がんばれ〜」という声が響く。各々仮装したり、黙々と走ったり、大声を出したり。

平和だな、と思った。平和そのもの。とにかく、イマココ、この瞬間だけは絶対に平和だといえる。なんだか、この風景をジジイになったら思い出しそうだ。「良かったあの頃」として。絵画になりそうな。ノスタルジアの雛形。

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相変わらず考えることが多いので喫茶店へ。ずっと矢沢永吉が流れている。おれは紙に書かないと全然考えが整理されない。ひとまず、大阪→東京を24時間以内に自転車で走り抜けるための装備を考える。積載道具から服装、ライトなど多岐に渡る。

ひとまず、上野のサイクルショップでボトルを購入。水入れるやつ。あとメールしたり、ジモティーで自転車に取り付けるバッグを貰う約束を取り付けたり。いくらなんでも突貫すぎる。普通は普段からガチでサイクリングしている人間がこういう無茶なチャレンジをするものであって、勢いでやるモンじゃないなと思う。それに、まあ順当に良い道具を買えばやり易くはなるのだが、「限界まで身軽かつ安く」という強迫観念がどうしても消えず、代用品とか中古品ばかりになりそうだ。自転車に取り付けるバッグだって300円だった。ガチで安い。

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まあチャリの話はいい。今日は国技館のギタージャンボリーにやってきた。カネコアヤノに会いに。てか国技館は初めてだ。ワクワクする。のぼりが立って、人がわんさかいる。この高揚感。やっぱ祭りって世の中に必要やな。

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マジで相撲観るノリでライブを観る。楽しかった〜。あとちゃんこうまい。500円で安い。しかもオープニングで樽酒割るんだけど、それも飲める。人生で初めて飲んだけど木の香りがしてすげえうまい。相撲文化を遊び心たっぷりに音楽フェスと融合させていていいイベントだった。カネコアヤノは夕方からの出番で、昼から他のアーティストも演奏する。名前は聞いたことある人、全然知らない人含めとても素晴らしい時間を過ごせた。いやあ、こうヌルッと音楽をひたすら浴び続けられるの最高だ。

 

そして、カネコアヤノだ。なんだか自分までドキドキバクバクに緊張する。一曲目は『わたしたちへ』

 

なんだか、彼女のライブに行くたびに度肝を抜かれるのだが、今回も例に漏れない。物凄い迫力だった。どこから発生しているのだろうか、というほどに力強い歌声。ステージの真ん中に彼女は存在するわけだけど、地球のマグマを一点に集めて、全部カネコアヤノを通って出てきたって感じ。そしてMC一切なし。ひたすら歌い抜ける。痺れる。そして、カネコアヤノはこうするしかないんだろうなと思う。歌うしかない。クチャクチャ喋ったりしない。喋らない、というより、苦手なんだろう。ただ歌うだけ。カッコよさについて考える。それは諦めから生まれるのかもしれない。己について完璧に理解したがゆえの、諦め。「これしかできないからこれしかしない。」という潔さ。それがカッコよさの土台である。普通の人間はそれがなかなかできない。「頑張ればできるんじゃないか?」でも、そこをあえて、捨てる。本気で捨てる。捨て切るからこそ、マジの自分だけで生きる。その迫力がカネコアヤノにはある。どこまでもどこまでも伸びてゆく声。神奈川の生歌とはまた違う伸び方。背の高い国技館全部を覆い尽くす。宇宙まで突き抜けるんじゃないかとスルッと心配してしまう。

この舞台、実は回転するので他のアーティストはグルグル回す。回りながら四方の客に顔面を見せる。しかし、カネコアヤノは一切回さない。一ミリも。そして一点集中で歌い抜ける。ずっと同じところを見据えて。途中で退席する人はフェス中通しているのだが、そいつらを射抜いて仕留めようとしているかのような熱、迫力、そして凄み。服は華麗な柄のワンピースで、体格も華奢だ。入場のときも、イカついオーラが漂っているわけではない。どこにでもいそうな。けど、アコギを握ると何もかもが変わる。ス、と天地がひっくり返る。本当にどこからこの声とエネルギーが出てきているのだろうかと、心の底から疑問に思ってしまう。信じられない。他のアーティストは盛り上げという面も意識して、エンターテイナーとしても振る舞う。しかしカネコアヤノは違う。殺しにきている。ガチだ。一人だけ違うスポーツをしている。「ふれあいワクワクテニスきょうしつ」で、一人だけ隕石で壁打ちしている。ドカーン!ドカーン!ドカーン!

そして、おれはその潔さにやっぱり惚れ惚れしてしまうのである。完全にやられてしまっている。まいった。

そして、さらに新曲が良すぎる。もう、良い。ひたすらに良い。なんで一曲にこんなに情感を乗せられるのだろうか。カネコアヤノの良さ全てが詰まっている。ふわっと場面が立ち上がる瑞々しい詩。ふと現れる刺すような力強さ。そして全体に漂う、胸が千切れるような切なさ。しかし最後には必ず希望が添えられていて。

俺は幸せだ。カネコアヤノと同時代に生きられることが堪らなく幸せだ。そしてすぐ側にも愛すべき人がいる。こんなに嬉しいことって、なかなかない。

次は合奏に行きたい。ただ、仕事が出張多いしなあ。しかし行くのだ。新曲早く発表してくんないかな。

明日は、電車に乗りまくる。彼女の歌を聴きながら、といきたいところだけど、イヤホンをなくしたのだ。でも、大丈夫。残響が残っているから。

2024.3.3