「や、抜くしかないっす」
頭がチリチリで、髭が汚く生えた「先生」は俺にそう言い放つ。俺が横たわるベッドの頭の部分を、何の断りもなく「ガタン」と下げて、ヒ〜と一瞥して、そう言い放った。レントゲンとか何も見てない。撮った意味あるのか?大体、歯科衛生士がレントゲン撮ったら医者が出てきて一々説明してくれてるものだと思うのだが、レゲエ好きサーファーみたいな歯医者は何も見ずに「いやあ抜くしかないっす。てか今日抜きたいっすか?」と聞いてきた。なんだその聞き方。居酒屋か?生ビール今日ないんすよねみたいなノリで言うんじゃないよ。「いや、別にどうしても今日ってわけでは」と答えると「じゃ、今日は掃除して今度にしましょう」とチリチリ頭は言い放ちどこかへ消えた。
こいつに歯を抜かれるのか、俺は。海の家で焼きそば売ってる奴でもやらねえだろってくらいの爆発頭で髭もっさもさのチャラ男に歯を抜かれることになった。エグい。こういう絶妙な試練、マジで求めていない。初診料込みで4000円以上払ったのも地味に痛い。医者は変えられるけど、実はめちゃくちゃ腕いいのかもしれないしなあ。でも「いやマジバイブスっしょ」とか言いながら神経ごとブチっといかれるのもたまらない。このクソ絶妙な感じ。
今日は退職先に荷物を返却した。「郵送で送って」と言われたけど、マジで送料払いたくないなって思った。けれど、着払いでいいっすかとは中々聞けず、ウンウン唸った。直接返しに行った方が安いけど、ダルいし、交通費払ってなるし、かといってゆうパックは高いし、段ボールいるし、でも直接でもダンボールは必要だし、てか経費払えやって感じだけど微妙だし、請求すんのもなんかできないし、とはいえ着払いは揉めそうだし、もうどうすっかなあと思ってたら退職日の前日になり、てかずっと彼女の家に置いてるからそろそろどけたいし、でも歯医者行ってからじゃないと保険証返せないし、とか思って朝、どうしようかなあ、段ボール拾ってきたけど荷物全部入んないなぁとか言ってグズグズしてたらいきなり彼女が、「貸せ!」と言ってありえない速さで無理矢理荷物全部ちっせえ箱にぶち込み、袋入りの道具も中身全部出してぶち込みノーパソも梱包とか関係なくタテに突っ込んでちっさい段ボールピンパンきっちりに詰め込んでくれて「返しに行きたないやろ?こうやって詰め込めばええねん。てか着払いで送ったれ!」と言ってそそくさと出社の準備を始め、俺はなんだか笑ってしまい、そしてウッカリ惚れ直してしまった。こうして風穴を開けてくれる人は貴重であるし、こういう人がやっぱり好きだなと思った。
そして、今日は小学校からの友人が寿司と酒を奢ってくれた。マジで元気が出た。今まで奢りあったことなんてなく、キッチリ割り勘だったのだけれども、俺が無職になったと聞いた途端「なんかメシ食うか?」と誘ってくれ、寿司に連れて行ってくれた。冗談めかして「ごちっす!先輩!」みたいなノリでいたけれど、その優しさが骨の髄まで染み渡って、シンプルに泣きそうになった。いつも雑に接しており、ほとんど腐れ縁であったのだが、いざというときにそっと手を差し伸べてくれる優しさ。こうして、人にやさしくなりてえなと思った。し、寿司行くかと言ってくれたLINEが来たときは泣く一歩手前だった。だが、やはりここはそんな姿を見せてられねえので、「ゴチ!」のノリで通した。俺は、彼が将来もし万が一苦境に立たされたときは真っ先に何かをするだろうなと思う。別に、寿司を奢られた恩とかではなく、そういうものであるから。そういうもの。
おかげで、今日は彼女のおかげで退職先に荷物は返せたし、友達の優しさにほだされまくったし、ありきたりだが、まあほんと周囲の人間には恵まれてしかいないなと思う。きっと、レゲエ好き歯医者も、きっちりと俺の左上親知らずを抜いてくれるだろう。信じている。いや、きっとそうなる。きっと…。
(2024/5/27)