ゲストハウスに住んでいる。一週間になる。
昔、というか約一年ほど前までは旅することが好きだったので、ドミトリータイプのゲストハウスによく泊まっていた。二段ベッドで、他の人と相部屋の、貧乏旅行でよく見るあれだ。泊まる度に、その緩さにどっぷり浸かり、そして「いつかこういう安宿を転々としながらその日暮らしをしたいなあ」など、学生のときは思っていたものだ。
しかし、現実はただの無職が二段ベッドにスーツとワイシャツ引っ掛け限界状態で就活をしている、ただそれだけだ。緩さも楽しさもクソもない。こんな本物のその日暮らしが到来するとは思ってもみなかった。夜中には部屋のドアがバタンと開いて壮絶なゲロを吐きまくる輩がいて、ロビーで志望動機を作成していると乳飲子の赤ん坊が延々ギャン泣きしている(そもそもなんで乳児がいるんだ?)。日割りで如実にカネが減っていく焦りもハンパない。今日が退職日なので、あと二十二分後には正式に無職になる。ロビーの椅子に座るとバカみたいにケツが痒くなる。多分海を渡って鍛え上げられたダニが元気に俺のケツに齧り付いている。隣で外国人旅行者同士が「どこ出身?」「おれは台湾!」「おお!おれはインド!」「おお!」みたいな楽しげな会話を繰り広げている。その中で、俺は真顔でマイナビをガン見している。北海道はいいぞと、インド人が言う。確かに北海道はいいな。行きたいな。就職できたら。
ただ、俺が泊まっている宿は清潔なのが救いだ。どこもピカピカでロビーも広くて快適だ。ベッドも、外国人仕様なのか縦に長く、そして天井も高いので圧迫感はない。実際、面接から帰ってきてベッドに横になってカーテンを閉めたときには心の底から安堵感が湧いてくる。狭い枕元に工夫して小物を配置するのも楽しい。自分だけの城を作っている感覚だ。こう、色んな人が混じり合っている空間が、俺はやはり好きなのだ。喧騒を求めていると言ってもいい。でも、このままいっちゃえ、ゲストハウスでずっとやっちゃえ、という気には一ミリもならない。シンプルに普通の暮らしが、ひとまずしたい。でも、きっと、就活が成功したあとに、なんだか懐かしく思い出してしまうのだろう。もう内定出たところにとっとと決めてしまいたくなる誘惑に抗うしかない。一ヶ月。一ヶ月だけでいいから、とにかく耐える。耐えたらゲロも、ギャン泣きも、エグいダニともお別れできる。ただ、実はおれはエグいゲロを吐く奴とか、そういうのがあんまり嫌いではない。とりあえず、今週の金曜日にチェックアウトだから、その後のこと考えないとなあ。連泊したらベッドは同じなのかどうか、気になる。早くも愛着が湧いているみたいだ。困った。無職まで、あとちょうど十分。
(2024/5/28)