イラクのバグダッドに、演劇を観に行った①

バグダッドタハリール広場でさ、演劇やってんねやて。見に行こうや。」

 

確かあれは五年前の夏、京都の鴨川沿い、とある一軒家にて先輩が言い放った一言だった。

 

「いいすよ。行きましょう。」

 

あまりにも無邪気に言われたので、こう無邪気に返した。近所のラーメン屋に行くかのような空気感で、バグダッドに行こうと、それも青年の演劇を見に行こうと誘われる。遠いイラクバグダッドへ。演劇を観に行く。

 

その不条理さ、生々しさになんだか吸い込まれるように、二つ返事でOKしてしまった。

 

そして、2023年8月。おれはカイロ国際空港に立っていた。

 

ほとんど人がいない。出国ロビーに出ると、すかさずおっさんが近寄ってくる。ヘイ、ミスター!ピラミッドはどうだ?見飽きた客引きのパターンに一種の安堵感を覚えながらも、適当にあしらいトイレへと駆け込む。カイロに着いた途端腹が痛くなった。下痢だ。いきなりなぜ。

 

というか、なぜおれはいまカイロにいる?

 

遡ること3日。中国にいたおれはとある航空会社と大口論になった。口論、というより執拗なメールのやり取りを延々と続けていた。

色々とあり中国での滞在が延びたため、俺はバグダッド行きのチケットを中国で取り直すことにした。しかし、どうやっても取れない。ネット決済が弾かれる。海外からだとクレジットカードでの決済が失敗する、というのは有名な話かもしれないが、例に漏れず俺も該当してしまったわけだ。そこでムキになってしまい、何回も何回も予約にトライしては失敗し、ついぞデビットカードで決済成功となったのだが、不審に思った航空会社により「パスポートやその他書類を提出しないと予約を取り消す。」とのメールが送られてきた。慌てた俺は20通以上もカスタマーサポートとメールをやり取りし、最後には圧で「買ったのは俺本人だ!」と文面で捲し立てることによりなんとか航空券を取り消される最悪の事態は回避したのである。全ては気合いである。気合いと運だけがモノを言う。

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さて、所用により中国の大連に滞在していたおれは、まず鉄道で瀋陽(しんよう)に渡り、そこから飛行機で杭州(上海の近く)へ行き、それから国際線でカタールに向かい、乗り換えたのちようやくバグダッドへ到着するという算段であった。先輩は日本からベトナム経由でインドへ行き、そこからバグダッドへ入る。我々は8/23の午後6時にバグダッド国際空港で合流する。

そのはずだった。

しかし、大阪の梅田で待ち合わせをすることでさえ困難なのに、海外で、それもイラクバグダッドで現地集合など本当に可能なのだろうか?そして、俺の不安は見事に的中する。

☆☆☆

朝、所用により滞在していた大連からタクシーに乗り高速鉄道駅へ。パスポートをかざし、厳重な保安検査をパスする。そこから瀋陽桃仙国際空港へ。意気揚々とチェックインし保安検査やらをパスし、出発ロビーにてあとは飛行機を待つのみ。

 

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搭乗口に不穏な掲示が張り付く。

 

要約すると「遅延する!」とのこと。遅延確定。雲行きが一気に怪しくなった。しかし、杭州では待ち時間は3時間ある。少々遅延したくらいではどうってことはないはずだ。最悪90分前に着いたとしても、急げば間に合うだろう。

 

瀋陽(中国)

杭州(中国)〜3時間の待ち時間〜

ドーハ(カタール)〜4時間の待ち時間〜

バグダッド(イラク)

 

なんとかなる。一旦、先輩もとい相棒である吉村(仮名)に電話をして気を紛らわせることにした。

 

「もしもし。なんかこっち1時間遅れそうですわ笑 ビザ大丈夫でした?」

「いやーも散々やったわ…。」

 

(前日譚)

我々は、出発段階で数多くの災難に見舞われた。

そもそも、チケットが発券されたのは出発予定日前日夜だ。それまでは、俺が飛行機に乗れるかさえ不確実であったわけで、不安を紛らわせるために吉村とはLINEのやり取りを繰り返していた。

「クレカ弾かれまくって全然チケット取れないヤバい」「よっしゃチケット取れた!」「まってキャンセルされるかも」「サポートとバトってるけど全然ダメ」「ガチで祈るしかない(出発予定2日前)」「もはや今が一番演劇みたいかもしれない」「イラク1人で行ってもらうことになるかもマジですんません」「あと35時間以内に全てが決まる…」といった情報過多なLINEを送っていた。そして、チケット取れることが確定し、

 

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アツいLINEを送った。

このときは本当に心の底から嬉しかった。諦めなければ全ては叶うのだと信じていた。全てはなんとかなる!だが、何もかも順調に事が進むわけではない。俺が瀋陽の空港に向かっているときにLINEが来た。

 

↓翌日のLINE

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ビザ取ってなかったっぽい。マジかよ。

しかし、なんとか飛行機のチケットを取り直し、結局なんとかなったらしい。

 

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その後、遅延が確定したおれは、このぐちゃぐちゃ感を共有するために電話をしたという流れだ。

 

吉村「インドのアライバルビザ(事前申請不要なビザ)で職員がノリで拒絶したりなんやかんやあったもののなんとか発給された(疲労困憊)」

おれ「俺の方もいま遅延してる。初っ端から波瀾万丈すぎる」

 

などとお互いの苦境を話し合った。そして最後は「では、バグダッドで会おう!」というシメで電話を終えた。

 

まったく散々な始まりだ。吉村のビザがどうにかなったのは良かったが、こちらはまだ遅延中だ。しかし、まだ乗り換え時間の余地は2時間残されているし、なんとかなるだろう。俺はチケットを必死に取って勝手にキャンセルされかけ、バトって前日夜に予約が確定するという幸運に恵まれたわけだし、吉村もビザを取り忘れるという大失態を犯したもののまた飛行機を取り直し、チケ代も謎に返金されアライバルビザ取得というアクロバット出国を成し遂げたのだ。俺たちは何だって乗り越えられる。この流れで、なんとかなる。そう信じていた。

 

 

結論、飛行機は見事に3時間以上遅延し、何ともならなかった。俺はカタール行きの飛行機が5分後に出発する、杭州蕭山国際空港のロビーで、ただ茫然としていた。

 

 

出国審査はおろか、荷物のチェックインさえできていない。俺は国際線出発5分前に、初めて空港に着いたのだった。

 

絶望だ。時刻は、深夜0時を回っていた。

(つづく)