〈前回〉
https://kirimanjyaro7.hatenablog.com/entry/2021/06/29/025948
おばあさんに別れを告げ、駅へ向かう。
人がいない。
東室蘭で乗り換えるとすぐ、室蘭に着いた。あたりは暗い。初めて来る土地の夜は毎度慣れない。慣れないというより、少し怖い。駅にはあまり人もいないし途端に心細くなってくる。そしてここから宿に泊まるならまだしも、今日は野宿なのである。いけるだろうか。
室蘭駅。かわいい。
ひとまず銭湯探しだ。汗がベタベタ肌に張り付いて仕方がない。はやく湯船に浸かりたい。駅前には広場があって、ここで寝るのだろうか、などと考えながらひとまず歩く。銭湯を探すついでに、寝床も探さねばならない。
それにしても人が全然いない。商店街もシャッター街と化していた。Googleマップを使わないという縛りを自分に課しているので人に聞くしかないのだが、そもそも人がいないのは困る。
すると賑やかな一角が現れた。飲み屋の外で男女二人が酒を飲んでいる。聞くしかない。それにしても寂れたシャッター街でこの二人にだけ酒が入っているのもなんとなく異様な感じがする。
悪い、夢みたいだ。
「すみません、ここらへんに銭湯ってありますか?」
酔っ払った男女は気さくに答えてくれた。銭湯はどうやら「セイコーマート」なるモノの近くにあるらしい。俺は「セイコーマート」という存在を知らなかったのだが、あまりにも自然に「セイコーマート」という単語が出てくるので思わず知っている風に振る舞ってしまった。セイコーマートって何ですか?その一文が口に出せなかった。
セイコーマートも知らずに北海道に来たのか。そう言われているかのように、何故かその時は思えた。
ただ、困ったことに全然「セイコーマート」なるものが見当たらない。てかなんだよセイコーマートって。聞いたことない。名前の響きから察するにおそらくスーパーマーケット的な何かなのだろう。ただ、あそこを左に曲がってどうのこうの、という説明通りに歩いても全然出てこない。もしや近くに見えるパチンコ屋なのでは?酔っ払っていて道案内を間違えたのかもしれない、そう思ってパチンコ屋の近くに行ってみるが銭湯らしき建物は見当たらない。俺はしばらくパチンコ屋の周りをウロウロした。
仕方がない。また元来た道を戻る。こういうときはイチからやり直すのがスジだろう。もう一度男女の説明を信じて歩いてみる。歩けば歩くほど薄暗い住宅街に誘われてしまうのだが、ただ歩く。変な坂、全く知らない家たち。どこだここは?俺はただ銭湯に、入りたい…。
すると自転車を押した若い男に遭遇した。
「すみません、セイコーマートってどこですか?」
男性はやや驚いた様子だったが、親切に教えてくれた。どうやらもう少し進んだところにあるらしい。とにかく信じて歩くしかない。
最初の男女はデカいがあるからすぐわかる、と言ってくれた。だが全然デカい看板などない。大丈夫か…?と流石に不安になってきたときに、出てきた。
セイコーマートだ。
そしてセイコーマートとはコンビニエンスストアのことであった。念願のセイコーマートの近くをウロつき銭湯を探してみるが、見当たらない。店内に入って店員さんに聞いてみる。この旅はこうして人に聞きまくることになるんだろう。人情、ありがたい。銭湯は歩いて三分の所にあった。
ちゃんと銭湯はあった。
そして、コロナにつき休業との張り紙が貼ってあった。
無念。
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風呂は諦め、寝床探しに切り替える。肩を落としながら北海道の夜を歩く。こうして文章にしてみると中々良さそうに思えてしまいそうになるが、実際は落胆と空腹に苛まれたただの大学生がトボトボ歩いているだけなのである。飯屋、と思ったがどこも閉まっていて、あるのはスナックくらいだ。また、スナックとカウンターが4席ほどしかない料理屋の間をぐるぐる歩く。
さて、駅前の広場で寝ようか。きっとコンクリートの床は冷たいな。警察に職質とかされるんだろうか…。ウダウダ、同じところを何周もグルグル歩いていた。安心感は何もないけれど、俺はこうしてグルグル歩く時間がそこまで嫌いじゃない。何もせず、何も求めず、ただ、歩く。狭間で自分が動いているみたいだ。何かに悩んでいる気がしたけれど、何も悩んでいなかった気もする。分からない。何も分からずに身体は動く。ただ、見知らぬ土地を両脚を使って、土を踏みしめ、歩く。だんだんと慣れてくる。さっきも見た道。店。何度も何度も、同じ景色に出会う。出会いにいく。意図はない。ただ、出会ってしまう。
公園に行き着いた。今日はここで寝よう。ベンチもある。トイレもある。トイレで用を足し、歯を磨く。ベンチにシートを引き、横になる。背中が冷たいシートに接着した瞬間、自由になった気がした、なんてことはない。ベンチはただの固いベッドと化し、不快な寝心地が全身にじっと行き渡る。虫除けスプレーを撒く。上着を布団にする。脚はだらんとベンチの端から垂れてしまう。寒い。いくら夏とはいえ、夜の北海道の夏はまた違っていた。ただ、寒い。車が何台か公園の周りを通り過ぎる。誰か拾ってくれないだろうか。同情して、家に泊めてくれないだろう。
自分で決めたくせに、そんなわがままを胸に、眠りについた。いや、寒空の下で横になったという方が正しいだろう。
どうして、こんなことをしているのだろうか。
人のいない夜の室蘭で、俺はただ横になるしかなかった。
(つづく)