埋め立てる

埋め立てるしかない。埋め立てざるを得ない。

濡れた手でキーボードを叩く。いてもたってもいられないから。

この三日間、昂る熱を抱える。海。新宿のマクドナルド。腰が抜ける。立てなくなる。

駅で会う。広い海。「海沿いでも散歩しよっか。」東海道本線を乗り継いで辿り着いた海沿いの街。この世のものとは思えぬほど美しい景色。天国。楽園。そんな言葉が似合うような。モノレールからは青々とした緑。人はいない。広がり続ける海。雑に揺れるモーター。この感情をどこへ持っていけばいいのかわからなくなる。とにかく、美しい。美しいなんて言いたくない。けれど、そう言うしかない。

会ってすぐビールを渡される。ロング缶。新宿とは正反対の解放感。空が広い。久しぶりに会って、歩く。京都という箱から出て、太平洋のど真ん中をふたりで歩く。よくわからない。なんだこの状況。足が砂まみれになる。突拍子のない話がどんどん出てくる。それに対して、僕はただ腹を抱えて笑い、そして同時に尊敬の念を抱くしかない。抱かざるを得ない。「先月、結婚したんだよねえ。」なんとなく、そう思っていた。予感は当たる。いい予感?それとも悪い予感?多分、悪いほう。おめでとう!と口走る。めでたいのか?結婚はめでたいのだろうか。でも、そうでも言わないと正気でいられない気がして、何度もおめでとう。そう吐き出した。

こういうときのために、おめでとうという言葉はあるのかもしれない。こうして気を紛らわせるために。なんだか彼女も気まずそうな気がした。いや、そうあって欲しかっただけなのかもしれない。突拍子のなさ。軽さ。底抜けの、軽さ。つまらない世の中全部を軽々しく飛び越えていく。そういうところ。心の底から、誰よりも尊敬していて。とてつもなく素敵だ。そう思っていた。いる。思って、いる。ベンチに腰掛けてひたすら話す。一時間。二時間。三時間。ひたすら話す。ずっと隕石みたいな話が続く。その度に驚いて爆笑するしかない。「詩を書いたんだよね。」漢詩からイチから学んで、詩を書いたらしい。何十遍も。「楽しかったよ。」彼女の話す好き嫌い、言葉にかける想い、何かを表現することに対する姿勢。僕はただ感動して、何も言えなかった。凄い。それしか言えない自分が、情けない。自分から何も言えない自分が。だだっ広い太平洋を眺めながらラムコークと生ビールを二人して、飲む。彼女は早々と飲み干す。僕は中々飲みきれない。富士山が見える。海に富士山。風は強い。こんなにも絶景が広がっているのに、気分はなんだか晴れない。気がする。清々しい。そう。風は強く吹く。吹き飛ばそうとしてくる。海岸では波乗りが歩いて泳ぐ。陽気に。泡みたいにはじけている。夕日のおかげで世界はだだっ広くなる。ただ、ぽつん、と、海の中に取り残される。

別れ。電車の駅。バイバーイ。相変わらず元気な声が響くけど、咄嗟に返せない。振り絞って。「お元気で!」LINEの温度感もすっかり変わった。ような。目に見えない、とてつもなく薄くて、ほとんどないような壁が。でも、絶対にそこにはある。存在している。

社交辞令の「また会おう」なんて入るスキがない。しばらく会ったりすることはないのだろう。なんとなく。どっちも。元気で。近くまで行ったのに、距離が空く。

そういうところ。広い海と、影になってくっきり映る富士山と、ザラザラ浮かぶ雲と、そこに乱反射する夕日。あの景色が忘れられない。けど、忘れたい。もう一度本を手に取る。ラブレターみたいなまえがきとあとがき。

埋め立てる。ただ、あの空間の広がりを忘れることが、できない。

ずっと海がある。あそこまで綺麗な景色を次見ることができるのは、いつだろうか。九月。俺は海沿いに住む。

風が強くなくて、穏やかな海沿いに。